木陰亭昔語り 第21回

~蒲原まつりと御託宣~

毎年、6月30日から7月2日にかけて、新潟市中央区長嶺町の蒲原神社では、蒲原まつりが開催されます。さて、そのお祭り当日。木陰亭さんの茶の間では、お祭りに出かける支度の真っ最中でした。

― それでは、木陰亭さんに語ってもらいましょう ―

「平安時代の法律の中に、『蒲原(かんばら)ノ津(のつ)』という港の記載がある。蒲原神社は、その港に集まる人たちの信仰を集めていたようじゃな。実は、『蒲原(かんばら)ノ津(のつ)』がどこにあったかは、はっきりとしないんじゃ。信濃川、阿賀野川の河口近くだったことは間違いないところじゃろうが、当時と今では、川筋が全く変わっておるでな。蒲原神社も、『蒲原(かんばら)ノ津(のつ)』にあったようじゃが、度重なる洪水で、移転を余儀なくされたらしい。今の場所(長峰町)に移ってきたのは、元禄3年(1690年)のことじゃ。蒲原神社は、農耕の神様でな。江戸時代の蒲原神社は、亀田郷一帯の農民に崇められておった。というのも、蒲原まつりの夜に、御(お)託宣(たくせん)という占いが行われたからなんじゃ。これは、今でも続いている神事じゃが、その年の作況、つまり米の出来を占うんじゃな。亀田郷一帯から、御(お)託宣(たくせん)を聞きに来る農民たちの舟で、栗の木川(現在の『栗の木バイパス』)は溢れかえったそうじゃ。この御(お)託宣(たくせん)は、大変な影響力を持っておっての。なにしろ、占いの結果によって、米相場が動いたほどじゃ。さて、そろそろ"ぽっぽ焼き"を買いに行こうかの」


※画像は(財)新潟観光コンベンション協会さまからお借りしました

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斉藤 正明

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